プロフィール 5 美容師になった!

4月埼玉と茨城で国家試験を受けました。                                                                   

モデルさんに2回も頭を貸してもらって、

感謝!感謝!

そして両方とも受かったのです。

 

薬の副作用の不安症の私が、

チャレンジ、チャレンジで、

運転免許証、美容師免許証の獲得です。

 

さあー技術を磨かなくては・・・・・

 

お店は順調で私をいれて6人仲良く仕事をしていました。                                                     

オーナーご夫妻も良い方で、奥様は美容学校に通われていました。

 

夏前に、もう一人スタッフが入りました。

5人の女性より、垢抜けていて山形美人でした。               

 

東京に居るからと言って、皆田舎出身です。

少し輪が乱れてきました。

 

それでもオーナーにお願いして、

夏の海、千葉の九十九里浜に1泊旅行をしました。

プロフィール 4 美容師つづき 

男性でありながら、料理が出来るので先生も

一緒に食事をする事になり、

私の仕事は、お店の掃除、タオル洗い、料理、

先生に「技術を教えてください」と云うと

「自分で盗みなさい」と言うことで、練習ができません。

だんだんと希望が?????

その上に、先生の甥っ子の弁当を作ってほしいと言う話

4ヶ月頑張りましたが他を探すことに・・・

 

次に勤めたお店は、日本橋の問屋街に在りました。

同期の女性の勤め先で紹介で入れました。

スタッフ4人、インターン4人の大きなお店です。            

私は来る日も、来る日も、タオル洗い。

 

中卒の女の子が料理担当で、いつも辛そうだったので、

オーナーにインターンで交代でやりますと言って、

皆に教えながら20人分の夕食を作ることになりました。

 

このお店は、トップは男性で雑誌にも載る先生でした。

12月30~31日はタオルだけで200本の洗濯、干すだけでも大変でした。

 

4月には、美容の国家試験が控えています。

4月の受験の為に、お店を変わることにしました。

日本橋から高田の馬場にお店を見つけた。

スタッフ3人それも人が入れ替わり、皆同じ時の仲間の感じ

上下無く仲良しで、何でも教えてもらった。

 

西武新宿線の中井にアパートを見つけた。

4.5畳の流し、トイレは共同二階のトイレ脇の部屋。              

 

テレビを高校同期の女性から貰った。ラッキー!

ひとつ・・・親しくなった女性はみな彼氏が居る人でした。

 

毎日が楽しく仕事も覚え、国家試験のモデルもお願いできた。

プロフィール 3 美容修行

カメラの配達が忙しくなり、
だんだんと学校へ行く時間が遅れていきました。
半年過ぎて、友達と相談してカメラ屋さんをやめました。
今度は学校からの紹介で、老舗の美容材料の問屋さんに
アルバイトができました。
車の免許によって私の人生は変わりました。
自分は車の運転は、一生出来ないと思っていましたから。
美容学校も私を前向きにしてくれました。
1年半で卒業した時は、友達も出来て、
自分は他人から嫌われていないんだと、自信が持てました。
インターン修行も抵抗無く入れました。
インターンは、30才独身女性の先生のお店でした。
埼玉県川口市でした。住み込みで自炊をしました。
給料は一般が2万円くらい、私は3000円でした。
先生と二人、料理を料理を作れるかと聞かれ
つい出来ますと言ってしまいました。
子供の時、母が新宿区の河田町の
イギリスの文化振興会の方ところで、ハウスキーパーを
していたので、それを見ていたせいで、何でも出来ました。
味噌汁、コロッケ、魚のさばき、肉料理、サラダ、ケーキなど
夕方になると買い物篭をさげて、お店に通いました。

プロフィール 2 技術学校へ

 

高校を卒業はしたけれど、お先真っ暗状態でした。

全てに自信が無く、とりあえず専門学校に逃げ込んだかたちです。

最初は飯田橋の電気の学校でした。

そこで一年半一畳の二段ベット暮らし

それでもアルバイトにチャレンジする

勇気が出てきました。

 

製本屋のアルバイトや野球場(後楽園)の案内係の

アルバイトは出来るようになりました。

電気の技術は難しく身に付きませんでした。

 

でもまだ社会に出るのは怖かったので、

 

何か身につく事はと考えました。

自分を直して頂いた、整体の学校はと考えましたが

入学は半年待たなければ成りません。

 

今入学出来る美容学校に決めました。

一年半夜間で通う事にしました。

思い切った行動です。

 

実はこれは私自身の荒療治でした。

青春時代の真っただ中の私にとっては

女性とのお付合いすらままなりません。

 

対人恐怖の私が、当時一クラスに男が五人、

青春時代のだいだいだいチャレンジでした。

鏡に映るのは女性の顔(*^_^*)(*^_^*)、

はずかしい~~

 

昼間の職探しもしました。

大塚駅近くのカメラの問屋さんに

同じクラスのA君と二人で、車の免許を取らせて頂いて

都内を配達するのです。(このときは東京にすんでいました。)

池袋の美容学校に、時間までに行かせて貰うことが、

条件でした。

 

免許取り立てで、なれない車で都内を一周です。

銀座の交差点で立ち往生し

お巡りさんに助けてもらったこともあります。

 

その頃は「きおつけて行きなさい!」だけで済みました。

よい時代でした。

 

プロフィール 1 健康人生の始まり

私は15才の時ノイローゼと誤診され、

三ヶ月間精神安定剤と麻酔注射で薬害にあいました。

 

高校時代は、対人恐怖症、赤面症に悩み 

勉強は手に付かず、プライドはズタズタでした。

この症状は、後で副作用と分かりました。

 

整体治療に行ったところ、

原因は脊椎の曲がりにあることが分かりました。

2度整体を受けたら、背骨が真直ぐになりその場で、

背が二センチ伸びたのです。

 

原因(胸の痛み)は改善されましたが                                         

精神安定剤と、麻酔注射の副作用が出始めました。

そして薬の副作用と戦いながらの生活です。

 

時々の居たたまれない不安感やアレルギー

ストレスの腸過敏症、などなど。

自殺願望も薬の副作用でした。薬は怖いですね。

はじめまして!

こんにちは!健康生活提案村和宏の野上和宏です。

これから、身体のことから~いのち~のこと、私たちが住むこの地球のこと、プライベートなども含めてさまざまなことを綴っていきたいと思っています。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

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